桜通り歯科クリニックのある日本橋の歴史

日本橋

江戸時代の日本橋

徳川家康の時代のお話です。

家康は1603年に征夷大将軍となって幕府を開くと、江戸を全国の政治・経済・文化の中心地にするための本格的都市計画事業を開始します。

この事業は「天下普請」(てんかぶしん)と呼ばれ、全国の大名には諸工事「御手伝普請」(おてつだいぶしん)が賦課されました。

“天下普請”は、江戸幕府が全国の諸大名に命令して、行わせた土木工事のことです。城以外にも、道路整備や河川工事などのインフラ整備工事も含んでいます。
“御手伝普請”とは、全国の諸大名に土木工事への人夫を派遣するように命じたものです。
おもに西日本の大名に対しては、千石夫といって所領千石につき人夫10人の労役供出が命じられました。
大名は都度江戸に人員をださないといけなかったわけです。そこには天下和平のため、力の誇示と、時間や資金、労力、諸々力を削ぐ意味合いがあったのではないかと想像します。

このとき神田山を掘り崩して砂洲や干潟等の低湿地を埋め立て、今の中央区浜町から新橋にかけての町々となる広大な市街地を造成したようです。この工事で城郭拡充用の水路を東に延長して日本橋川を開き、日本橋が架けられました。
1604年にはこの日本橋に五街道の起点が設定されています。
古い歴史の中、日本全国の交通網の中心が日本橋となったわけです。

五街道は、東海道(1624年完成)、日光街道(1636年完成)、奥州街道(1646年完成)、中山道(1694年完成)、甲州街道(1772年完成)この五路を指し、これは徳川家康が1601年に全国制覇のために考案した政策の様です。

政策をインフラ整備から取り組むあたり、織田、豊臣より長きに渡り徳川の時代を繋ぐことになる、家康のセンスを感じますね。

昔の日本橋1 昔の日本橋2

1604年はちなみにV6の岡田くんが演じていた大河ドラマの黒田官兵衛が亡くなった年です。
そんな時代のお話です。古いですね。

日本橋は長い江戸時代の幕開けの象徴的場所なのです。

現在の日本橋

追記…東野圭吾の映画化された小説『麒麟の翼』に描かれた翼のある麒麟のある橋。映画の冒頭で中井貴一が倒れた場所です。

麒麟の翼

ドロップされたピンの場所が日本橋です。

日本橋

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